このサイトはJavaScriptがオンになっていないと正常に表示されません

No.026 岩崎一敬 (indies issue):作品レビュー 横山健 -疾風勁草編- ドキュメンタリーフィルム

作品レビュー:No.026 岩崎一敬 (indies issue)

幾度も横山健のインタビューを掲載させてもらってきた音楽雑誌の編集者がこんなことを言うのははばかれるが、これほど横山健の内面に肉薄したものは過去になかったのではないだろうか。 by No.026 岩崎一敬 (indies issue)

「KEN BANDで必死こいて7〜8年間やってきたことを全部台無しにしちゃった。きっと分かってはいたけど、怖いことがついに起きてしまった」。

これは本DVDの導入部分、『AIR JAM 2011』でHi-STANDARDのライブを終えた直後、駐車場で収録された映像でのコメント。私は冒頭からいきなり嫉妬心を抱くはめになってしまった。だって、奇跡ともいえる11年ぶりのライブ直後の、これ以上ないくらいに生々しい肉声を拾っているんだから。メディアに携わる人間としては当然、羨望するでしょう。

撮影期間は2009年11月から2013年2月にまで及んだという。Ken Yokoyamaの4枚目のアルバム『Four』発売前、インタビューの場でもカメラを回していたMINORxU氏に話を聞くと、ほとんど一日中、密着して撮影しているということだった。その長い時間を共有した密度の濃い関係性こそが、このシーンをとらえるに至ったのだろう。私は監督のMINORxU氏の仕事に対するリスペクトとねぎらいをもって鑑賞を進めた。

作品の構成として主軸となっているのは横山健の語り。生い立ちから家族関係、ミュージシャンとして進路を選んだ経緯など、時系列に沿って半生を語っているが、カメラ目線ではない自然体の親身な話しぶりは、観ている者にとって居酒屋でサシで飲んでいるような気分にもさせる。ライブやスタジオでの一コマ、舞台裏で交わされるメンバーやスタッフとの会話などはもちろん、ふとした瞬間の呟きなども差し込まれるが、それもスマホでスナップ写真を見せてもらっているような感覚に近く、堅苦しさはない。

本編がハイスタの話題に進むと、次第にシリアスなトーンを帯びていく。ハイスタの活動を振り返りながら、活動を休止した2000年当時の自身の精神状態、11年間を経て再びハイスタでライブをすることに対する葛藤、『AIR JAM 2012』を経てあらためて実感したKEN BANDに対する思いなど、これまであまり踏み込んで語られることのなかったデリケートなエピソードが多数登場する。これまで幾度も横山健のインタビューを掲載させてもらってきた音楽雑誌の編集者がこんなことを言うのははばかれるが、これほど横山健の内面に肉薄したものは過去になかったのではないだろうか。もちろん、横山氏は質問に対しては常に真摯かつ親身に答えてくれていた。しかし、やはり作品のプロモーションが目的のインタビューでは作品の内容に話が偏りがちだったし、実のところ、ソロ活動を始めて以降、ハイスタに関する話題はタブーとされてきた。もちろんインタビュアーとの距離感も大いに関係する。その意味では本作品はまさに「自伝ドキュメンタリー」という切り口にふさわしい、己をさらけ出した内容だといえるだろう。

客観的な視点を最小限に抑え、面を突き合わせるくらいの距離感で語られる自身の物語と正直な実感。だからこそギリギリの話にも誤解が入り込む余地はない。本作品が自身のレーベル、PIZZA OF DEATH RECORDSから発売される意味の一つはそこにあるだろう。

個人的に最も響いた話は、ラストに向かう場面での「答えは絶対に自分の中にしかない」と語っているくだり。ソロ・アーティスト、KEN BANDのバンマス、PIZZA OF DEATH RECORDSの社長という立場は、孤独で、プレッシャーも重くのしかかっているはずだ。その中で自分自身で導き出したであろう人生訓は、私事ながら一人で雑誌を制作している筆者をとても励ましてくれた。

しかし終盤にホロッとさせる話を配置するあたり、やはり監督は「サシ飲み」を意識して構成したのではなかろうか。

by 岩崎一敬 (indies issue)