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No.016 尾藤雅哉(Guitar magazine編集長):作品レビュー 横山健 -疾風勁草編- ドキュメンタリーフィルム

作品レビュー:No.016 尾藤雅哉(Guitar magazine編集長)

素晴らしい聴き手/インタビュアーに徹したMINORxU監督だからこそ引き出せた貴重な言葉の数々というのも、この作品を語る上で欠かすことのできない重要な要素 by No.016 尾藤雅哉(Guitar magazine編集長)

Hi-STANDARDというモンスター・バンドの一員として時代を作り、今のなおトップランナーとしてシーンを牽引し続けるギタリスト、“横山健”———本作は音楽と真摯に向き合うギタリストとして、ひたむきな愛情を注ぐ子煩悩な父として、大観衆を魅了するロック・スターとして、さまざまな表情を見せる横山健の姿をとらえている。その一方で、自身の患った病や生い立ち、家族関係といったパーソナルな部分にも踏み込んでおり、彼の抱える闇をも色濃く描き出しているのも特徴だ。そういう意味で、音楽のいちジャンルとして呼ばれる“パンク・ロック”を生き様として昇華した作品であり、そしてなによりも、ひとりのギター・ヒーローの“死”と“復活”を描いた物語だと思う。

映画は、2011年に横浜スタジアムで行なわれたAIR JAMにおけるハイスタの復活ライブから始まる。———さも当然のように書いているが“ハイスタのライブを観る”ということ事態、依然だったらまず考えられないことだった。活動休止からの約10数年の間に、自らが心血を注ぎ込んで作り上げたバンドと楽曲群は、大多数の聴き手の心の中にある大切な思い出と密接にリンクされ、目に見えない巨大な力に導かれるかのように神格化されてしまっていた。

ハイスタの活動休止後も試行錯誤を重ねながら精力的に活動し、KEN BANDを率いて全国に熱狂を届け、聴き手の人生に寄り添うような名曲をいくつも発表してきたにも関わらず、どこまでも付いてまわる過去の残像。自ら生み出した大切な存在がいつしか自分を縛り付ける“呪い”となり、あえて遠ざけていた時期もあっただろう。しかし……そこから彼を解き放ったのが、何の因果か2011年に日本を襲った未曾有の大震災だった。初めて目の当たりにする理解不能のショックと混乱が、今まで抱え込んでこじらせてきたメンバー間の確執を含む過去の呪縛を“取るに足らない些細なもの”へと、強引かつ乱暴に“書き換えて”しまった。

この時———“横山健”という人格は一度、“死”を迎えたように感じる。映画の中でも、“自分のやりたいこと/やらなけれければならないこと/やりたくなくてもやらなければいけないこと”の狭間で葛藤する彼の姿が見てとれる。そのすべてをひっくるめて受け入れ、もがき苦しんだ果てに、“やるべきこと”として導き出した、割り切ることの出来ないさまざまな答えが“ギターをかき鳴らすこと”、そして“Hi-STANDARDの再始動”、 “東北でのAIR JAM開催”へと繋がっていった。

本作は横山健の “独白形式のインタビュー”を中心に構成されている。その姿はどこか震災前までの自分に向けた“葬送式”のようにも感じた。例えば、自分の中に渦巻く初期衝動や不確かなものを歌とギターとバンド・アンサンブルに乗せて表現するのが音楽だとしたら、インタビューという行為には自分の中のモヤモヤした思考をあえて言葉にすることで具体化し、“あ、自分はこんなことを考えていたのか”と改めて気づいたり、自分が伝えたかったことが自然と整理されていく効果があると思っている。なので僕は常々、インタビュアーの質問は相手の“思考のドア”をノックするものだと考えている。空気のように横山健のいる日常の風景に溶け込み、素晴らしい聴き手/インタビュアーに徹したMINORxU監督だからこそ引き出せた貴重な言葉の数々というのも、この作品を語る上で欠かすことのできない重要な要素だと書き加えておく。

画面の中の横山健は、慎重に言葉を選び、過去と現在の自分を結びつけ、説明のできないショックな出来事をもあえて口にすることでロジカルに分析していく……そうすることで現在の自分が置かれた位置/状況を知り、その上で未来に向けて鳴らすべき音を見つけようとしていたのではないだろうか。

いつの時代も、先頭に立ち、牽引する者は得てして孤独だ。2011年3月11日以降の先の見えない真っ暗な闇の中に、進むべき道標の光をともしたのは、他ならぬ自分自身であり、音楽であり、仲間、バンドだったのだろう。映画のラスト、インタビューを終えた彼の顔には、いつもの晴れやかな笑顔が戻っていた。

僕は“カッコ悪い”を“カッコいい”に変えられるのがロックンロールの持つ魅力的な懐の深さだと思っている。ここまで自分の内面をさらけ出し、ステージの上で万雷の喝采を浴びるギター・ヒーローからほど遠い姿を見せたとしても、人間“横山健”の魅力は変わることはない。傷つき、苦悩しながらも“輝き続ける姿”が、作品に収められているからだ。これから先も横山健がかき鳴らすロックンロール・ギターは、多くの人々の心の奥底にある衝動を突き動かし、僕らを未知なる場所に連れて行き、まだ見たことのない最高の景色を見せてくれるに違いない。

by 尾藤雅哉(Guitar magazine編集長)