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No.001 石井恵梨子:作品レビュー 横山健 -疾風勁草編- ドキュメンタリーフィルム

作品レビュー:No.001 石井恵梨子

これは音楽ではなく人生の話。音楽を超えた「考え方」と「生き方」の話。
丁寧に、慎重に、自覚的に言葉を選びながら、横山が横山健を語り尽くす。
その姿が、あなたはあなたの人生を本気で考えているか?というメッセージに変わっていくのだ。 by No.001 石井恵梨子

ハイ・スタンダードのギタリストとして1991年からキャリアを築き、日本のパンクシーンを塗り替えたパイオニア。99年からはピザ・オブ・デスの代表取締役として日本のインディーズ・シーンを牽引。2004年からはソロ・アーティストKen Yokoyamaとして始動。個人としても、バンドとしても、シーン全体を俯瞰しても、横山健は頼れるパンク・ヒーローである。

ロックスターは光り輝くステージがすべてだが、パンク・ヒーローは生き方がモノを言う。ライブではファンとのやりとりで笑いを取り、くだらない下ネタも大好物である横山は、だから「隣の兄ちゃん」「等身大」という言葉がぴったりの気軽さが魅力でもあった。プライベートは包み隠さず開示し、家族への愛はストレートに歌いあげる。激しい怒りを感じれば遠慮なく罵詈雑言を口にするし、政治的な意見や原発への考え方も迷わずその場で発言する。ネットで吹っかけられた素人相手の喧嘩すらも隠さない。だってそのすべてを俺は真剣に考えているのだ、という素直さと平等さをもって。

要するにバランス感覚に優れた人なのだ。シリアスな主張を言うときはユーモアがなくては伝わらない。自分の想いを語るときには他人の気持ちを無視してはならない。本気のパンクスとして闘うためにわかりやすいポップさはどれほど武器になるか。本気で共闘を求めるときにそれぞれの孤独と拒絶を蔑ろにしていないか。一見は反対に見えるベクトルを両手で掴み、素直かつ素早くジャッジしていく判断力。独り善がりにならず日和見主義にもならない彼のポジションは、その明晰な頭脳で絶えず思考を続けてきたからだ。永遠の「隣の兄ちゃん」に見える横山は、いついかなる時も「ただの等身大」ではなかったのだと、今でははっきり思えてくる。

ここ数年は特にそうだ。徹底的に思案し、時にはギリギリまで無理をして、止まることなく走り続けたソロ活動。自分を信じて鼓舞することで、なんとか掴んできた実感の数々。3・11以降急展開を見せたハイ・スタンダードの復活とAIR JAMの再来。今必要なメッセージを届けるために歌詞の内容を180度変えていったKen Yokoyamaの新作。激動の日本、激動の数年間にあって、彼の言葉はますます強くなっていった。考えろ考えろ考えろ。頼もしい行動力の裏には熟考があるのだ。正しいか正しくないかはわからないが、俺は俺なりにこう考えてこう動く一一。そんな姿をまっすぐ映像化したものが、このドキュメンタリー作品なのだと思う。

もちろんミュージシャンであるから話題の中心には音楽とバンドがあるが、語られるのはハイ・スタンダードではなく、ソロ・アーティストKen Yokoyamaのことでもない。これは音楽ではなく人生の話。音楽を超えた「考え方」と「生き方」の話。丁寧に、慎重に、自覚的に言葉を選びながら、横山が横山健を語り尽くす。その姿が、あなたはあなたの人生を本気で考えているか?というメッセージに変わっていくのだ。

第三者の証言で成り立つ作品ではないが、最後に出てくるの意外な人物のコメントだ。「好きなものは、誰にもやめさせられないでしょう」という実感のこもった一言は、なるほど確かにそのとおりだ。しかし、これは「好きこそものの上手なれ」の映画ではない。「好きなことをやり続けるために、どこまで徹底的に考えるのか」という映画なのである。

by 石井恵梨子